スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark |

ロボットが人間を超える日。2045年。

2045年、ロボットはAI化され、その知能は人を超えると言われる分岐点らしい(新聞より)。


その後、ロボットは人を「どのように扱い」「どのように接する」のかを酒の席で議論した。


1. SF映画よろしく、ロボットは人を抹殺していくのではないか?(ターミネーター式)

2. 共存共栄を量るのではないか(イヴの時間、アップルシード式)

3. 収容所のようなところへまとめられるのではないか?(ちょっと新説?)


 ロボットが「地球を守り、生態系を維持する」という命題を持つなら、明らかに人間は増えすぎた害悪であり、全滅はさせないまでも選別はされるであろうという線が今のところ濃厚。

 その場合も、抹殺ではなく「緩やかな死」という選択を選び、子孫を増やさせないというような、繁殖行為の禁止や選ばれた人類のみが「生かされる」という管理社会になるのではないかという考え。また、ノアの箱舟よろしく、他の種と同様に「最低限維持されるべき数」だけが守られるのではないか?という考え。


 ならば「ロボットではできないことを行える人間、かつ、その行為に対して価値があるとロボットが判断すれば」その人間は生かされるのではないか?という考えに至った。あくまでも「生かされる」のであって、主従関係は逆転している。

 その論で考えるに、伝統芸能や伝統文化、職人技などは「歴史の産物」として生かす価値があると判断し、技術を持っている人間は保護を受け、その伝統を継承していくという「労働をさせられる」のではないかと考える。

 さらに、ある程度器用な人間は、そういった収容所施設の中で、伝統を受け継ぐ訓練や義務が課せられ、その代わりに生かされるということになるのではないかという話になる。(余談だが、結城紬の伝統を守るために、職人候補を公務員として採用し、育てていくという取り組みがなされているとニュースでやっていたらしい。これは前述の考えの方向性の1つとも考えられなくもない。)


 その他の、パチンコをしているような底辺の無能な「(現在)ただの労働者」としての人間は、その生業のほとんどはロボットに取って代わられていると考えられ、あとはマトリクスよろしく「エネルギーとしての価値)程度しかないと考えられる。何も生み出さない、地球を壊すだけの人間はロボットから見たら害虫以外の何物でもないと思う。


 僕の最近の考えの1つに「アナログは嗜好品として価値を持つ未来が来る」という持論がある。すべてがデジタルに、エコに、バーチャルに収束していく中で、アナログであり五感に訴えるような要素・・音楽、手紙、料理、酒、女・・そういった「触れられるモノ」は贅沢なものであり、お金を費やして「あえて身近に置く」ものになると思う。
 例えて言うなら、オートマ車がこれだけ普及しているのにマニュアル車に乗るのが粋であるような。CDではなくレコードを、トランジスターではなく真空管を、パソコンではなく手帳を愛するような、そういった感覚に近いのかもしれない。その時に多くの人間は、ほとんどの情報をネットと能を直結して接続し、五感もデジタルから直接摂取していると考えられる。きっとみんなゲロみたいな飯を毎日食べて生きてるのではないかと。まぁウィダーインゼリーとか吉野家とか、もうそんなのはある意味最先端だと思うけれど。飯すら食わないかも知れない。
 

 論点は、"日本に戦争で勝ち、GHQという名で統治した時代のアメリカが一定の理解を示した「日本の文化」のようなもの"に対して、ロボットが価値を示すか?という部分に集約されていった。(これが「宇宙人侵略説」の場合は、若干設定が異なり「全部薙ぎ払え」というパターンもあるが、その議論はまた別の機会に)
 ロボットの場合は最初のSEEDを人間が開発しているはずで、その部分の「歴史に敬意を払う」といったプログラムが存在していてもおかしくはないか?と、現在は考えている。もっともロボット自身がそのプログラムを上書きしてしまえば、その先は分からないが。

 とはいえ、中国共産党のような徹底した管理社会を追求したようなプログラムが台頭してきた場合、人類の歴史や伝統には何の価値も見出さず、全てを排除するという選択を行う可能性も否定はできない。


 あと30年。ロボットがどのように進化し、人との共存を模索するのか、否、人はロボットと共存できるのかを真剣に議論していくフェーズは早晩やってくると考えられる。"ターミネーター"のような未来が待っているのか、"イヴの時間"のような社会になるのか。その時、人類はどうなっているのか。


 このテーマは、時代の変化とともに変わってくるはずなので、今後も時折議題として考えたいと思っている。

| 日記 | 02:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

文字を書き残すということ

僕は母親を中学2年で失っている。正確には僕が小学校1年で病気を発し、入退院を繰り返してきた。
そういう意味で「母親というもの」をよく知らない。愛情はたくさん受けてきたが、そうではなく、人となりという意味で。

きっと狭い実家の何処かを探せば、母の人となり、女としてのなりの記録が出てくるのかもしれないが、不精というか不器用というか、自分の感情や生き様を誰かに伝えようとする人ではなかったように思うのであまり期待はできない。
 いくらかの彼女の趣味と、怠惰な生活と、多少の料理と・・そのぐらいしか「母親の人としての記憶」は残っていない気がする。

晩年、「いよいよもう最後の退院で、あと半年ぐらいして病院に戻ったら、多分もう出てこれないだろう」という頃があった。あの頃に母がおもむろに電話帳の整理を始めた。我が家は、大学ノートに適当に"あ〜ん"までのラベルが貼ってあるところに名前が書いてあるような手作りの電話帳を使っていた。それも、僕の記憶がある頃にはボロボロで、それでも新しい友人が出来ればそこに書き足して行く・・というのが当たり前だった。電話なんてこんなに普及してなかった時代の話である。
 それを、母がおもむろに「整理しなくては」と、リング式のカードフォルダーを買ってきて、1人1枚に書き起こし、丁寧に連絡先を記述していく。それまでも母の料理手帖や、読んだ本の記録などのノートはどこかで見た記憶があるが、おそらく最後の母の我が家での仕事だったのではないかと、今になると思う。母の手書きの文字という意味でも最後の物だと思う。
 今考えれば、あれは「私が死んだ後に、旦那や子供が誰に連絡をしたらいいか困るから、整理しておこう」という気遣いだったのかもしれない。そういう人ではあった。何しろ自分が病気だと知ってから、旦那に料理を教え込み、子供に家事手伝いを教え込み、そしてあの世に旅だった人だから、用意周到であり策士なのは知っている。

そういう育ちをしているからか、「自分が生きてきた記録を残すことの大切さ」を僕自身はあまりよく分かっていない。のんべんだらりとお金が入ったら酒を飲み、仕事が来たら適当に処理をして、記録をちゃんと残すという作業を系統建ててやった試しがない。日記は三日坊主が関の山だった。
 しかし、ここ数年。本当に突然に「旅の記録」やら「仕事のアイデア帳」やら・・しまいには日記帳に準ずる記録までも付けるようになった。本当に突然である。理由の1つには最近記憶があやふやで、やはり35も超えて年をとったなと実感することも増えてきたということもあるが、どちらかと言うと「今生きているという記録をちゃんと残すべきだ」という考えのほうが大きい気がする。
 毎日を多忙に過ごし、無駄に過ごし、何者にもなれない人生を送っている中で、ともすれば先週何をやっていたか?さえも朧気な日もある。本当に忙しい時はそうなってしまう。仕事のこと以外は頭から追い出さないと、ニーズに答えられないから。背負っている荷物をすべて下ろし、無駄な記憶はすべて頭から追い出す。1つのものにしか昔から集中できない単細胞だから。
 それでも、どこかで、例えば1ヶ月経ったからと振り返りをやらないと、その時に触れた出来事や仕事や音楽や景色や、そういうのも一緒に忘却の彼方に過ぎ去ってしまうことが何となく寂しくなる年になったのかもしれない。1ヶ月前より、1年前より、確実に自分の感情が劣化していっている実感があるからかもしれない。このブログですら、数年前の自分の文章を読んで「あぁそんなことを考えていたな。忘れてはいないけど、忙しすぎて忘れたふりをしていたな」ということが多々ある。

このブログはしっかりとバックアップしているし、大学生の頃から時間を見つけては書いていたという意味で今更自分史でもないでしょう?という声も聞こえてきそうだが、どうもそうではないらしい。
 「紙にペンで書く」これが大事だということが最近になって分かってきた。汚い字で書いてあったり、丸文字でゆっくりと書いてあったり、コーヒーがこぼしてあったり・・そういった「その時の色々な感情」が一緒にノートに詰まっている感じが「紙とペン」の記録には付随情報としてあるのではないだろうか。昔は手紙を書くのが大好きだったし、今でこそ相手が居ないけれど言葉を人に送るのは嫌いではない。
 もちろんブログだってその時の感情で語尾が変わったり、言葉選びが変わったり、プロではない分そのあたりのゆらぎが感情で変化しているのも面白いのだが、それよりも紙とペンで書くほうが情報量が多い気がする。

1ヶ月経って、1年経って、10年経って、自分の足跡を見返した時に、やっぱり紙なんではないだろうか?と思うようになったのである。やっぱ歳なのかな。
 もう一つ、やはり「突然死んだ時」のことを考えるようになった。病気はしない方だし、家からはほとんど出ないし、他所のサラリーマンよりはストレスも無いだろうし、突然死というのは少ないかもしれないが。先日の御嶽山の噴火の件でもそうだが「ある日突然」ということは誰にでも起こりうるのだと、折に触れ感じることはある。別に死ぬのは怖くないのだが、それよりも自分が生きていた証をどこかに残したいというささやかな願望があることは認めたい。
 業務的に、仮想世界のものを作る仕事ということもあって、自分が何をやっているかを他人に伝える機会がすくない。ましてや守秘義務ががっちりの大手と組んでやっているような案件は、世の中に出るまで完全に秘密の場合が多い。なんでこんな職業選んじゃったのかね。笑  だからなのか、せめて私生活ぐらいは、何を感じたのか、何に触れたのか、ちゃんと記しておきたいと感じることが多くなった。
 元々が、感情で動いている人間なので、理系を装ってはいるが、何かに感動したり怒ったり落ち込んだり、そういう時に物事が動く場合が多いのかもしれない。あまり理知的に動くことはしないから。

話を戻すと、「自分の手で書いた文字を残すこと」が結構記録として効いてくると思っている。そして楽しい。「みんなもやってみたら?」と誰にでも勧められるわけではないけど、そもそも最近日記を書いているという人もあまりあわないし。でもラジオやテレビやネットや、これだけ情報が多く入ってくる時代に、自分のアンテナに引っかかった言葉や文章や詩や景色や、そういうものをちゃんと形として手元に残そうという努力は、もっとやってもいいと思うんだよね。好きな人にそういう気持ちを伝えたり。ここでいう好きな人は恋とか愛ではなくて、同志という方が近いかもしれないけど。Twitter とか FaceBook ってこういう感情を文字として紡いでいくという作業の延長で流行ったんじゃないかって考えているんだけど、違うかな。

例えば、僕は食に関してはかなり好きだから、「今日食べたもの」をちゃんと記すとか。記せる日だけでも良いから記すとか。いい音楽に出会ったら書き取るとか。そういうの・・みんなとは言わないけど、これを読んでくれるような貴方には勧めたいなって思うのです。
 何となく漫然と毎日を過ごしている中で、毎日何があったか、毎週何があったか、その時に何を思った、何を食べたのか、嫌なことはあったか、楽しいことはあったか、そういうのをちゃんと残してみませんか。

ちょっとマザコンと言われるかもしれないけど、僕は母が若い頃に行った場所やお店や山や宿や、そういう足跡をいつかたどってみたいと思っている。まだ父は健在だし、嫌がるかもしれないけど聞いたら教えてくれるかもしれない。

私の中の父の血と 私の中の母の血とどちらか選ばせるように 柵は伸びてゆく たとえ どんな名前で呼ばれるときも花は香り続けるだろうたとえ どんな名前の人の庭でも花は香り続けるだろう」

こんな歌詞が頭のなかに浮かんだけれど。好むと好まざると、僕の中には半分の母の血と、半分の父の血が流れているわけで。齢35になって、今更ながら本当に「やっぱ親子なんだなー」と実感する場面がちょいちょい出てきて。血というよりも育ちというか、そういう部分で親子って似るんだよね。ならばいっそ、親が辿った道をトレースしてみるのもありなんじゃないかと。

きっとみなさんも、年をとったらそういう感情が芽生えてくるんだと思いますが、僕としては自分に子供が出来るかは分からないけれど、少なくとも自分がこの世から消えた後に、そういった記録みたいなものが誰かの目に止まったら楽しんでもらえるような、楽しんではもらえないかもしれないけど、何か引っかかるような毎日を記していきたいと最近思うのです。
 
| 日記 | 23:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

プロジェクトと呼べるものの嵐の中で

夏のはじめから、ちょっと大きなプロジェクトの打診を受け、生活に窮していたこともあって飛び込み参加。
開発マネとして今まで培ってきたものを全部投入して全力で取り組むも、さすがに自分の時間が殆ど無くて厳しい毎日。
起きてはパソコンに向かい、寝るのはぶっ倒れる感じで夜中〜明け方に、挙句は夢の中でも仕事をしていて・・途中で目が覚めてメモを走らせたり。そんな2014年の夏を過ごしています。これが3カ年プロジェクトだというから、体もつのかしら。
 まぁ、結構な信頼とお金を頂いているので、死なない程度に飛ばして行くけど。

そんな中、久々に1人の週末に音楽を聴きながら仕事中。

一人の時間は寂しいくせに、たまには休日に一人になって色々と考えながら物事を進めるのって大事だと実感する。
 好きな曲を聴きながら、好きな映画を見ながら、仕事をしているので見入ることはできないけど、それでもアニメやニュースを見るのとは違う、理系の生活では入ってこない情緒的な刺激を浴びることの大切さ。不覚にも音楽を聴きながら感極まってしまう自分に、「あぁ・・疲れてるんだなぁ」と気づいたり。

今年前半は、食うや食わずで稼ぎも殆ど無く、それでも去年より幾分かはましだけれど、お金に困って色々とギリギリの生活を続けていたところに今回の案件。おそらく今年後半だけでサラリーマンの平均年収は超えると思う。ま・・ここ数年はずっと困窮していたので、久々の「普通の生活に戻れそう」という目処が立ってきた。ありがたいし、SEとして出来ることが嬉しい。

でもそうなると時間が一切無くなる。もう関係ないことはすべてウザい。ごはんを食べるのも、お風呂も、トイレさえも無駄な時間に思える。プロジェクトを達成するために必要なこと以外は面倒くさい。何よりも頂戴しているお金と同等の「こちらがペイできる何か」を持っているのかすら怪しい中で、とりあえずやりきらなければならないというプレッシャーが半端ない。こういうタイミングで「生活のすべてをぶった切る」ということは、10年に1回ぐらいやってる。大学の研究の時、会社を作る時・・当時の彼女に「ウザいから別れてくれ」って言って、作業に没頭する・・そうじゃないと脳のスペックを他のことに取られて、時間が惜しいのだから仕方ない。今回に限っては、もはや今の彼女は生活の一部だし、そういう観点での「煩わしさ」は一切ないので助かる。「察してくれる」のがありがたく、温かい。まぁ付き合いが長いし。

今回は、メンバーが、というか、リーダーがそれなりに引っ張っていってくれる方でもあり、非常に優秀(経歴的にも)で、それでいて理論的に物事を動かしていく方なので、非常に楽しい。こちらが正しいことを言えば、しっかりと正しい答えが返ってくる。大抵の場合は、それはお金であったり、人脈であったり、全てにおいてスピードのある対応力と決断力。何よりも「エンジニアに仕事以外の場で負担を掛けたくない」という気遣いがありがたい。おそらく、ここ数年仕事をしていて久々に「普通の案件」に辿り着いた気がする。プログラムを書くことに注力しなければならないエンジニアがスケジュールとかお金とか顧客とか、そういうことに振り回されることがナンセンスだと思っている。そのために「マネージャー」を立てて、エンジニアに余計な負担をかけないように配慮していくのがプロジェクトなのに、最近はそういう「外野の声」がエンジニアに届きすぎる案件が多い。そんなに負担がかかるなら、エンジニアは辞めていくに決まってるじゃん。だって「そんなの職務じゃない」もん。(だからマネージャーを立てられない案件は論外だと思う。お金がない?知ったことかよって思う。)
 ずーーっと、それこそここ5年ぐらいはかなり辛い案件が多かった。自分が引っ張っていくにしても「カネがない」「人が居ない」「じゃぁ誰がやるのか」という・・それはエンジニアの考えることではないし、財布を握っている人間が「何とかする」べきことなのに、それができないプロジェクトが実に多い。エンジニアはプログラムをどう作るかの歯車でしか無いし、それ以上を求められるなら、それだけのインプット(金・人・情報)が必要だということに気づいているプロデューサーが少ない気がする。

そういう「何とかする」という力や決断力・・たとえ「何とか出来る力」を持っていなくても、妥協案を探る力を持っている人が上に立ってるプロジェクトって滅多に無い。「お前が何とかしろよ」って言われる事が多いが、「じゃぁそれだけの対価を払ってくれよ」としか言えない。人脈を出すっていうことは、それだけ自分の中にある資産を削るっていうことをプロジェクトが理解していない場合が多い。

今回はその点においては非常に満足していて、週に1回6時間ぐらいの会議をするが、あっという間に時間がすぎるほど中身が濃く、そして深い議論が多い。1週間のすべてをそこにぶつけるためだけに準備をする意味がある会議。そんなの中々ない。何よりも前向きで、現実的で、そして顧客に向かおうと全員が同じ方向を見ているチーム。本当に滅多に無い。これが上場企業で培ってきたリーダーシップなのか・・と学ばされる事が多い。

ともあれ、目の前の仕事に忙殺されつつ(当然他の案件もいくつも抱えているので)、私生活はほとんどを犠牲にしてこの夏は終わっていく。お金も少し入ってきているので、滞っていた学業にも投資したり、ずっと欲しかったカメラが視野に入ってきたり。今年の冬にむけて、冬ごもりの準備は着々と進んでいる。。

 
| 日記 | 14:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

自分探しの旅

だーれも見てない(はず)なので、たまにはブログ更新。

最近、Twitter や Facebook ばっかりで、短文散文ばっかり。
長く言葉を紡ぐという行為をずっとしてないなって思ったら、たまにはブログを書きたくなる。

毎日忙しい日々を過ごしながら、頭のなかの容量は限られているので、どうしても古い記憶から消していかざるを得ず。
同じような景色が続いていくと、ふと思い出した記憶が去年のものだったか、一昨年のものだったか・・はたまたもっと前のものだったか分からなくなる。

特に人との出会いや別れ、その間のやりとりなどは仕事に比べると非常に印象が薄く、場面場面では記憶しているものの、そこに至るまでのやりとりや、疎遠になってしまった方とのやりとりの記憶などはどんどん薄れていってしまう。

僕の日記は基本的には外に出すためにネットに書いている事が多いので、外には出せない内容(仕事だったり、恋だったり)は余り書くことがない。となると、その間の出来事はどこにも記録されずに過ぎ去っていってしまうという、後から振り返ると少しさみしい状態になってしまうのです。

当時お付き合いしている(していた)方とはもちろんデータが残っていることも多いけど、その人に付帯する細かなことはもはや記憶の彼方に埋もれていることでしょう。ごめんなさい、過去の記憶達。

もうこのサイトは誰も見ていないと思うけど、一時期はここの日記を見に来てくれる少ない奇特な方々がいらっしゃいました。
今でもFacebookなどで続いている人たちもいるけれど、あの頃の日記は今のSNSよりも自由で青臭くて、そういう「健全な若者の声」が駄々漏れだった気がします。今はもっと・・何かあざとい感じでものを書くことが多いから。

今さらそれらの日記を読み返す勇気はないけれど、自分で紡いだ言葉に嘘はないと思うので、大事にデータとしては取っておかないといけないなぁと身にしみている今日このごろです。60歳になって、70歳になって。もう何も恥ずかしいこともなく、後は死ぬだけという時に・・その頃は橋の下でホームレスになっているかもしれないけれど・・それでも読み返す機会があったら、その時に自分の日記をちゃんと読み返してみようと思っています。

人にはいろんな人生があるし、選択する暇もなく押し寄せてくる波もあるけど。それでも今生きているという事実に感謝をして、明日を頑張っていこうと・・少しでも前に進め!という気持ちになっている、そんな夜であります。
誰も読んでないのも、ちょっとさみしいかな。笑  もう寝なくちゃ、おやすみなさい。
 
| 日記 | 04:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

忘れなければいけないこと、忘れてはいけないこと

 あれから1年。日本は前に進んだのだろうか。僕らは何か前へ進んだのだろうか。
 世の中では節目節目で大きな事件が起こる。しかしそれらのほとんどは多くの人にとって「テレビの中のこと」として片付けられる。自分が被害にでもあわなければ、それは忘れ去られていってしまう。非常に残念なことだけれど、事実だ。
 しかし、当の本人達はテレビの中の"渦中"にいるわけで、そんな簡単に過去にできるものではない。
 人はいつかは亡くなるものである。身内の死に立ち会うことはほとんどの人間が一生のうちで何回かは経験することだろう。しかし、大切な家族を一日の一瞬のうちにたくさん失ってしまうことは、そう多くの人が経験することではない。その悲しみを部外者が「気持ちが分かる」などと容易く口にするようなことはできない。それはきっと嘘であり哀れみだろうから。
 人は忘れる生き物である。良いことも悪いことも時が経てば記憶から薄れてゆき、段々と良いことだけが残るように仕組みができている生き物である。5年、10年経っていくことでその辛さや悲しみは徐々に薄れる。生きていることが辛く「忘れたい」と思う日々から、その時が来れば「思い出す」日に変わってくる。それは悪いことではなく、自然なことなのだ。そうなった時、そういうことに気づいたときに自分を責めないで欲しい。
 「だんだんと忘れていくこと」は悪いことでも薄情なことでもなく、それは極めて人間らしい当たり前のことだと知って欲しい。故人を忘れてしまうことに対して自分を責めることがあったとしたら、それは違うのだと知って欲しい。折に触れ思い出すことは大切ではあるが、本当に大切なのは「今生きている自分達」であって、故人のことはいくら悔やもうがどうにもならない過ぎたことにいつか気づかなければならない。大きな悲しみと失った存在感は余りあると察するけれど、いつまでもその気持ちを抱えていては人は歩むことに窮してしまう。
 
 だがしかし、忘れてはいけないことはたくさんある。今の愛する人を失うことへの苦しみや悲しみや、その人たちへの愛情や想いや、そして人の温かさや冷たさや・・そういった人と人のつながりの上で生じた気持ちは大切にしなければいけないと思う。
 人はみな助け合って生きている。その中で自分が辛かろうと、もっと辛い人のために何かできることをする、手を差し伸べる、気持ちを向ける。そういったことをしてくれた他人の気持ちがあったとしたら、忘れてはいけないと思う。それは意外と海外の人かもしれない。テレビの中の大好きな有名人かもしれない。名前も知らない人かもしれない。それでも、自分が辛いときに助けてもらったという気持ちはきっとこの後も生きていく支えになる。次に自分が立ち直ったときに大きな力となる。
 思うに、一番大切なことは「貴方が今生きている」という事実だと思う。
 もしかしたら誰かの「逃げろ」という声で逃げて、間一髪助かったかもしれない。今生きているというのは、誰かの犠牲の上に成り立っているかもしれない。そのために亡くなった人がいるのかもしれない。
 そういった方々の犠牲の上に自分が今生きているのだとしたら、故人を振り返るよりも今できることを精一杯し、「良く生き」なければならないと思う。
 今日は「思い出して、心静かに故人を偲ぶ日」なのは間違いない。しかし、また明日からは自分の人生を生きていかなければならない。いつまでもいつまでも帰らぬ故人に思いを寄せることよりも、明日生きていくために頑張って行動することが今大切なことであり、それは決して薄情なことではないと、僕は思う。
 僕らは生きている。僕らは前に進まなければならない。
この日本を、この国を・・どうしようもない腐った大人たちから取り戻し、正しい道へ舵を切らなければならない。そのためには故人を偲びつつ、しかし、そこにずっとうずくまって泣いていても何も解決はしないと思っている。
 所詮、僕は被害者ではないし、他人事かもしれない。他人だからこそ、客観的に見たときに「今何をすべきなのか。今何ができるのか」を現実的な目で見て行動していかなければならないのだと思っている。当事者ではないからできることは絶対にある。
 何度も書くが、僕は「今生きている人の命の方が大事」だと思っている。
 そうでなければ、犠牲になった人たちは何のために自分達の体を張ってみんなを救ったのかと思う。現地では仕事も無く、生きていく気力が無いという話も聞く。しかし生きていればこその悩みだと思う。自分が生きている意味を1年経ってもう一度考えても良いのではないかと正直そう思うのである。
| 日記 | 14:46 | - | trackbacks(0) | pookmark |

05
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

Profile
New entries
Archives
Categories
Recent comment
Recent trackback
オトフレームテスト
Mobile
qrcode
Links
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM

-->